::晴れのち雨:: ざわりと春風は木をなでて通り過ぎていった。 涼やかですがすがしい空気が朝に満ちていく。 それは昨日の昼から始まる。 + 「えー!!何で連れて行ってくれなかったんです!?」 凌統の声が城中に響く。 「だって凌統、甘寧との喧嘩で疲れて爆睡してたし…」 孫策の声がしどろもどろに答える。 その答えに、きっ、と凌統は甘寧をにらむ。 「まああの二人はいいとして、私たちは一体どうしておいていかれたのですか」 続く陸遜の声。その陸遜の横には複雑な顔をした呂蒙が立っている。 「お前たち二人も寝てたから。」 にかっと笑う孫策。 その顔を見て、陸遜は、孫策が陸遜と呂蒙に膨大な書物の片付けを命じたのを、 すっかり忘れていることを認識した。 後ろでは周瑜と大喬が慌てているのが見えた。 孫策たちがいなくなり、やがて4人になった。 「あーあ…花見、行きたかったなー」 ぽつりと漏らしたのは凌統だった。 「私もですよ…花見といえば、爆竹とかあるじゃないですか。」 「いや、ないから。それゆがんでるから。」 いそいで呂蒙がたしなめた。 そのとき、いままで黙っていた甘寧が重い口を開いた。 「俺たちで行けばちょうどいいんじゃねーか?」 その提案に即座に陸遜は飛びついた。 そして結局、4人で花見に行くことになったのだった。 + そして今日の朝に至る。 それぞれ支度をして、門のそばに集まる。 「よーしじゃあ確認するぞ。」 呂蒙の言葉に残りの3人は注目する。 「シートは持ったかー?…お弁当持ったかー?…ええと他に…」 「呂蒙さん、俺たち子供じゃないんですから。」 「ああ、そ、そうだな。」 凌統の言葉に呂蒙は苦笑する。 (いつも俺にとっては子供なんだけれどな…はぁ。) そう思いながら、呂蒙ははしゃいで先に行く3人の後ろを心配そうに見やった。 + ざわりとまた風は木をなでる。 そしてついでに4人の髪をなでた。 「わーきれーい!!」 思ったよりも桜は桃色に染まっていた。 それを見て、呂蒙はほう、とため息をついた。 「絶景、だな。こりゃ。」 目に手をかざして見ていた視線をふと下ろすと、もうすでに残り3人の姿はなかった。 「げ。」 ただ見えるのは緑と桃色。そして空の青色。 (やばいな…どこ行ったんだ、あの幼稚園児らは…) はぁ、とため息をついて呂蒙は重い足を運び始めた。 「わー近くから見てもきれいですよねー!!」 きゃいきゃいと陸遜がはしゃぐ。 「燃やしたらもう絶景でしょうね!」 その言葉に甘寧と凌統は一瞬固まる。 「り、陸遜さん、まさかそんなこと…」 おそるおそる凌統は声をかける。 「するわけないでしょう。まっさかー」 そして楽しそうに笑うのを見て、 凌統と甘寧はただ乾いた笑いを返すことしか出来なかった。 + 「それにしても、呂蒙さん遅いっすね…」 「ああ。どっかで迷ってんじゃねーか。」 「お前には話してない!!」 凌統は陸遜に話しかけたのに甘寧が答えたのを聞いて、 つい、と横を向く。 そのとき、陸遜が慌てた声をだした。 「あーシートとか弁当とか、全部忘れちゃいましたー!!!」 「えー!!?それって…」 そう。実は陸遜が全員分持ってくる予定だったのだ。 「え、でもカバンぱんぱんじゃないか…」 甘寧がしごくまともな問いをかけた。 「…カバン自体間違えちゃって…これは私の秘密道具なんです…」 (秘密道具って…やっぱり?) あえて詳しくはつっこまないことにして、いそいで代案を考え始める事にした。 「あー考えつかねえ…」 真っ先に音をあげたのは甘寧だった。 「…こういうとき、呂蒙さんがいたらなぁ…」 「あ、今火だけはありますよ!でも…だめですよねー」 凌統と陸遜も続けてさじを投げた。 そのとき、桜の木の下で寝そべっていた甘寧のほおに何かが当たった。 「あ。」 3人の声が重なった。 + パラ、パラ、と静かに落ちてきたのは水滴だった。 3人は急いで桜の木の下に集まる。 「小雨、ですねぇ。」 「…呂蒙さん大丈夫かなー」 「つーか…眠い。」 それぞれ雨と同じように、ポツリポツリと思いを吐いた。 小雨は少しずつ安定した音になっていった。 それとともに、まだ疲れがとれていなかった3人は、 水音に眠りを誘われていった。 + がさり、とぬれた草を踏み分ける音が春の夕方に響いた。 「ああ、こんなところにいた。」 すこし荒い息遣いとともに、影が3人を包む。 すうすうという寝息と自分の踏んだ草の音だけが呂蒙の耳に届く。 雨はすっかり止んでいた。 しっとりとした少量だけ水分を含んだような、桜の下の草の上にそっと腰をおろす。 「…俺も、少し寝るかな…」 まるで保護者のような気持ちを感じて呂蒙は自分にたいして苦笑を漏らす。 とさり、という音がして、やがて寝息しか聞こえなくなった。 + 「おっちゃーんいつまで寝てるんだよ!」 げし、と音をたてて甘寧は呂蒙の背中をけった。 うぐ、という鈍いうめき声をあげて呂蒙は目を開けて起き上がる。 「やっぱり迷っていたのですか?心配していたんですよ。」 「もう、なんだかんだ言って、呂蒙殿が子供みたいじゃないですかぁ。」 ぎゃあぎゃあという3人の声に、呂蒙は何度目かの苦笑を漏らした。 「ああ、すまんすまん。」 夕日はすでに落ちかかり、きらりきらりと草の葉に残った水滴に反射させていた。 4人の影はゆっくりと移動して、来た路を戻っていった。 それぞれの手には桜の枝を持って。 =f= |